INTERVIEW
データの質的側面を読み取り、世界を理解する
マクロ経済学を中心に国際貿易論や流通経済論を研究しています。具体的な例として、最近発表した論文では「従来の経済成長モデルは輸送という変数を軽視している」という仮説を立て、実際に輸送は消費に対してどの程度影響しているのかを研究しました。これまでの成長モデルでは、新製品の開発や品質の改善、商品の値下げについての議論が中心で、「製品を消費者に届ける」という過程は過小評価されていたのです。研究の結果、私たちの仮説は正しいことが示され、多くのモデルが修正されることとなりました。このように、ある経済事象を表すモデルに対して、その前提条件が正しいかどうかなどの問題点を洗い出し、修正することで世界を正しく理解することができます。この考え方はこれまでに指導して頂いた方々のおかげで得られたもので、この手法を通して世界をより深く理解することに私はとても心を動かされました。経済学というものは何らかのデータの特性を説明する以上のものであるべきであり、特にモデルはものごとの質的側面を見る際に極めて重要です。モデルを理解することでさまざまな疑問や興味が湧き上がってくるのです。
学部生時代の学びが研究者への第一歩
私は大学生の時、さまざまな学位プログラムの中から経済学と数学を専攻しました。経済学に興味を持ったきっかけは発展の歴史に興味があったからです。例えば、ある地域が豊かになり、一方で別の地域は貧しいままであることは、政府や国連などの機関が取り組む人間社会にとっての大きな課題です。そしてこの課題について直接議論することができる唯一の学問が経済学なのです。もちろん政治学などの他の学問もこの課題に関連しますが、究極的には富の再分配という経済問題に帰結します。この発展の歴史に私は強く惹かれました。また数学は経済学を理解する上で必要なツールです。というのも、経済学が扱う現実の複雑な事柄を理解し、理論的・実証的に研究するためには数学の助けが必要不可欠で、実験で得られたデータが一体何を示しているのかを理解し、質的な部分を読み取ってはじめて私たちは世界を理解することができるのです。大学3年生の時、私はある物理学者から「数学がなぜ役に立つのか」を学びました。当時のアメリカの数学教育水準は良いものではなく、私自身そこまで数学に興味はありませんでした。しかし先生の講義を通して数学への興味を持ち、最終的に数学も専攻することに決めました。学部を卒業後はもっと経済学を学びたいという気持ちの赴くままに大学院へ進み、博士号を取得。大学院では多くのことを学び、とても楽しい時間を過ごすことができました。同時に、目標として自分の時間の大半を思索に費やせるような仕事に就こうと決心しました。
イノベーションを加速化せる研究環境
IUJは研究に集中できる素晴らしい空間です。研究に積極的な同僚が多く、各々が授業の仕方やスケジュールを工夫することでとても多くの研究時間を確保しています。他の大学ではたくさん文献の出版を求められる場合がありますが、IUJではそのようなことはありません。十分な時間を確保できるため研究に没頭でき、より大きなプロジェクトに取り組むことができるのです。また多様なバックグラウンドをもつ学生が多く集まる点もたいへん魅力的です。例えば、ある授業では同じ教室でエチオピア、ブータン、ラオス、ミャンマーなど30カ国以上のもの学生と出会うことができました。生まれてからこれまでに10~15カ国の人々には会ったことがありましたが、一度の講義でこれほど多くの国の人と出会い、対話できる環境はめったにありません。そしてバックグラウンドが異なれば考え方も異なります。IUJに来たことでたくさんの刺激を受け、一層成長することができたと感じます。
新しい課題に挑み続ける姿勢
今後は貿易についての研究をしていきたいと考えています。例えば、現在世界中の国々は貿易高を増やし続けています。その理由としては、政府が民間に多くの貿易取引を許可していることやFTAをはじめとする関税の引き下げ、そして出荷にかかるコストの低下があります。ではなぜ出荷コストが下がったのでしょうか。その要因の一つとしてインフラの構築や改善があります。インフラの整備は、生産量の増加には直接寄与しませんが、地域間での商品輸送を改善し、商品にかかる出荷コストを低下させると考えられます。この出荷コストという要因について、もっと掘り下げて研究したいと考えています。そしてもうひとつ、さまざまな職種への労働者の配分という貿易とはまったく異なるテーマについても研究していきたいと考えています。経済の後押しによって様々なテクノロジーが開発され、特にコンピューターなどの一部のテクノロジーは技能面でもたくさんの成果を創出しました。その一方で、私たちはシャベルのようなアナログな道具も利用しています。今後も伝統的な手法で個別作業に労働力を割り振り非効率に働かせるのか、それともコンピューターのプログラミングによって一台のロボットにさまざまな作業をこなさせるのか。この労働力の分配という課題についてロイ・モデルを用いて研究していきたいと考えています。
博士号、そして研究者を目指す上で
博士号の取得を目指す学生のみなさんには動機を大事にしてほしいです。もっと学びたいとか、より深く学びたいという思いは素晴らしい動機だと思います。一方で、経済的な優位性から博士号の取得を目指すという学生もいるでしょう。しかしながら、特に経済学の博士号で良い職を得ることは難しく、私自身、現職に就くことができたのはとても幸運なことだと感じています。それでも経済学に興味があり、研究に関心があるのであれば、まず多くの本を読み、先人たちがなぜその事象に興味を持ったのか、そしてどのようなインパクトを世界に与えたのかを自分自身で考えてみて欲しいです。そして世界の仕組みを理解する一歩を踏み出しましょう。
PROFILE
Robert F. Kane 准教授 [担当科目] 経済経営数学、国際貿易論、開発政策とグローバル化 [研究分野] マクロ経済学 [研究キーワード] 内生的成長理論、インフラストラクチャー、国際貿易